ファー・イーストに住む君へ-その2-
Letter from Rockville, Maryland [July, 1993 - March, 1996]
村上春樹は読んでくれたかな.僕らでは感じていても言葉に出来ないこの国と君の住む国との違いを,彼は本当に絶妙に言葉にしてくれているよ.ついでに,池澤夏樹の「楽しい終末」(文藝春秋)も読んでみてほしい.この本からは,地球や人類ってことを考えてしまうから.というのも,この国は,そしてそれにもまして NIH は本当に多国籍なんだ.一緒のラボで働いていたのは日本・英国・独逸・仏蘭西・ハンガリーからのリサーチフェロー,インド・ナイジェリア・バングラデシュからの病理フェロー,韓国生まれカナダ移住の博士コースの女性,ブラジリアンの病理医,二つ隣のラボにはクロアチア・チェコからのフェロー,加えてスーパーバイザーの友人はイタリア人,奥さんはコロンビア人,それにアパートの下の部屋はスリランカからの家族,向かいの部屋はマレーシアと云った具合だよ.こうなると,アメリカというよりもっとグローバルな視点で否応無く物事を考えなくっちゃいけなくなってくるんだ.国民性や地域とか云ったことよりも,個人に対するのは地球とか世界とかじゃないだろうかって気がしてくるよ.・・・・・とはいっても,この辺りは日本人も一杯.オリエンタルフードショップも一杯.日本のTV番組のレンタルビデオで trf もキムタクも知ってんだから.・・・・・仕事もしてたよ.lymphoid malignancy に関連する癌遺伝子や癌抑制遺伝子のモレキュラーな変化を bcl-6 や CDK-inhibitor や,あるいは HHV-8 っていう新しいウィルスでも検索したんだ.一杯沢山学んだような気がする.だけど漸く気が付いたんだ.ひょっとして問題はもう一度太平洋を西まわりしてからどれだけここで学んだ小さな芽を大きな花として咲かせ得るだろうかって事じゃないかって.お気楽なvisiting fellow / associate という立場が終った時,プロジェクトを自分の頭脳から紡ぎ出して行かなくてはならなくなった時,僕は自分を信じられるだろうかって.自分に鞭打って汗を流せるだろうかって.日々の重さと時の早さを乗り越えていつまでもゴールを夢見て行けるだろうかって.辛いよね.でも,頑張らなくっちゃ.・・・・・それは兎も角,楽しかったのは家族3人で芝生席で熱い陽射しにさらされながらもリズムに酔いしれた jazz concert / festival だよ.数回行ったかな.そっちにいた時,観たくても観れなかったアーティスト達を一杯観たよ.ユックンも楽しんでたし,うちの奥さんなんか Bobby Caldwell と一緒に写真を撮ったりして.そして,北米大陸の大自然.Gland Canyon も Yellowstone も Everglades もよかったけど,僕はやっぱり Canadian Rockies だったな.ユックンを背負って一日歩いて氷河の直前まで行ったのは忘れられないよ.・・・・・もっともっと思い出は記憶の中に.White House での Easter・昼食と夕食を別々のお宅にお呼ばれした感謝祭・クリスマスの家々のデコレーション・Amish(Harrison Ford の目撃者,見た?)の町の夕暮れ・Smithonian の博物館群.もっともっと長く居たかったけれど,ユックンもせっかく day school で覚えかけた英語を忘れそうだけど,お気楽だけでは生きては行けない.もうすぐ帰るよ.そして新しいスタート地点に立ってみるよ.ここで学んだ家族への愛と仕事への情熱を胸にして(Hawaii でお魚と泳いでくるから帰国がちょっと遅くなるけど).また逢おうね.
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